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ふしぎ工房症候群4
  —— 一緒に死んでくれますか?

語り:石田彰
聽寫:qiaoseikou
校對:eryue 、hanabi22

LIST:
01-prologue     07-星空
02-理由       08-決行
03-仮面       09-兩親              
04-ひとりぼっち   10-死ぬな              
05-ふしぎ工房   11-現實              
06-出會い       12-epilogue

                               
01-prologue                
日常で起こる些細で不可思議な出來事。それが人の思考と行動に影響を與えていく過程と結末を知りたいとは思いませんか?この物語は、貴方自身の好奇心と願望に基づいて構成されています。ともすれば 見落としてしまいがち ないつもの風景の中に。貴方が不思議工房を見つけることができるようにお手伝いしましょう。

02-理由
またか?考えも無しに、每日暗いニュースばかり垂れ流すテレビに向かって吐き捨てる。強盜(ごうとう)、ストーカー、通り魔、サニー、校內暴力、家庭內暴力、虐待(ぎゃくたい)、もう うんざりだ。動機のさこそあれ、すべてが死に直結することを、當人たちはまるで分かっていない。いや、分かってやっているのか?人が人を殺すことの意味なんて、僕には分からない。ましてや、親が子を、子が親を殺す理由なんて、とてー理解できない。何かが狂っている、そうとしか言いようがない。
所詮 他人事、そう自分に言い聞かせていたが、僕にも理解できる事件は 一つだけあった -- 集團自殺 だ。近年の大きな社會問題として、人々の好奇の目を集めている。ネット社會の弊害(へいがい)と口を尖らせる 人達がいる。友人や戀人と一緒に死ぬわけじゃない、ネットで知り合った見知らぬ他人と一緒に死ぬ。世間では理解されるはずもない、その行為(こうい)が僕の心を搖るがす 。自殺とは當たり前の話だが、人を殺すわけではない、自らの命を絕つ自らの命を絕つ行為で法に罰則規定があるわけでもない。人間、追い詰 められれば 死んだほうが增し だと思える事は、いくらでもある。それが集團でおこなわれるから、世間を騷(さわ)がすことになる。でも、僕には分かる。現代には精神を煩(わずら)っている人達が溢れ變えている。その人達が、ネットで容易に出會えるような時代になったからこそ實現した新しい自殺方法だと言えよう。
誰でも死ぬことは恐い。一人で死ぬ勇氣を持ち合わせている人間は、そうそういない。だからこそ、この方法に注目(ちゅうもく)が集まるし、僕も大いに興味を持っている。
なぜなら、僕も自殺志願者だから。

03-仮面
街の風景がぼうっと流れる。僕は一人道路空きの円石に座っている。もう時間は夕刻を通り過ぎている。どのくらいここに座っているのか、見當もつかない。そろそろ人目が氣になりだした。不意に地階の端に苛めに遭っている女の子を見付けた。何人かに圍まれて泣いている。だが、今の僕には、その子を助けてやれる氣力はない。また助けたとしても繰り返される、しかも 永遠に。だから無駄なんだ。通りすがりの男性が「こら」と言って、苛めのグループを追い払った。泣いている女の子に「大丈夫?」と聲をかけると、女の子は怯(おび)えた目付きで走り去ってしまった。
ほらね、僕にはよく分かる。小學生の頃、苛められ子だった。最初は上級生、次に同級生、極(きわ)め付けは下級生みだ。唯一の對抗手段は作り笑いだった。僕はお前たちのことなんか ちっとも氣にしていないぞ という精一杯の仮面。その仮面の下は、常(つね)に泣いていた。中學生になったら、今度は苛める側(がわ)に加(くわ)わった。自分が苛められないためだったが、氣づいたら 苛めを樂しんでいる自分がいた。高校では無視された。クラス全員に無視されて、「村八分」 という言葉をした。ついでに、教師にも無視された。僕は再び仮面を被(かぶ)り、今日まで行き流れてきた。
大人になるのが嫌だった、大人になるのが恐かった。でも、僕は大人になってしまった。もう 仮面を被るのは今日で最後にしようと思う。やっと氣づいたんだ「僕は誰にも必要とされていない、自分自身をさえ必要としていない」そのことに。
今日は僕にとって人生の終戰記念日となる。誰にも邪魔はされたくない。「頑張れ」なんて言ってほしくはない。余計に消えてしまいたくなるだけ。戰爭や飢餓で死にたくない人がたくさん死んでいることも知っている。でも 死にたい人が死ぬんだったら、同情する必要もないでしょう?
ただ、一つだけ お願いがあります。僕と一緒に 死んでくれませんか?

04-ひとりぽっち
まだ街の風景がながれた。こんなにたくさんの人がいるのに、僕は一人ぽっちだ。揭示板(けいじばん)にも書いた、でも誰も僕の求めている答えをだしてくれない。「生きろ」なんて言わないで、「生きていればいいことある」なんて言わないで。いいことなんていつあるの?僕は今を生きることがつらいんだ。死ねって言ってもかまわない。ただ、僕を上から見下(みお)ろして笑うのだけは止めてくれ。弱蟲って言われた。そうさ、僕は一人で死ぬこともできない 臆病(おくびょう)ものなんだ。だからどうした?それのどこが惡い?最後に理解者を、仲間を求めることさえ、僕は許してもらえない存在なのか?そうか?僕は本當に孤獨だったんだ。兩親のことを考えてみる。いや、やっぱり止(よ)そう。そのことは僕にとって一番辛い話になってしまう。今の僕はそれに耐える自信がない。攜帶を見つめた、もう誰からも呼びかけはない。
やはり 一人で死ぬしかないのか?
僕はゆっくりと腰を上げると步き出した。場所は下見してある。ただ、時間が早すぎる。みんなが寢靜(ねしず)まり、人通りがなくなった時間に、あのビルの屋上から飛び降りるんだ。僕にだって、常識はある。人を卷き迂むことだけは避けるつもりだ。ただ、時間が早すぎる。宛(あ)てもなく步いた。今度は風景が僕を通り過ぎていく。後ろ、後ろへと。あと3時間。誰に言うともなく ぽつりと 呟(つぶや)いてみた。
これから自分は樂になれるはずなのに、世の中から解放(かいほう)されるはずなのに、自然と淚が頰(ほほ)を伝(つた)った。孤獨な自分に同情している自分がいる。それがまた悲しくて、いっそう淚が出た。あまりに自分が可哀相な氣がして たまらなくなった。

05-ふしぎ工房
もう時機それも終わるさ。
自分を元氣付けるように言って、手で淚を拭(ぬぐ)った。 視界がぼやけていると、步くことにも不自由する。しっかりと前を見せたところで 自分が見知らぬ路地にいることに ふっと氣づいた。
あれ?道に迷った?
しんと 靜まり變えたちゅう宅外、いつもの見慣れた風景とは違うこの場所に、何時の間にか 紛(まぎ)れ迂んてしまったらしい。だが、大丈夫。まだ時間はある。
急き立てられる ように 時間の經過に氣を使うことは、もう しなくていいんだ。
そう自分に言い聞かせていると、足元で貓の鳴く聲がした。小さな黑貓だった。妙に懷いて 僕の足に纏(まと)わり付いてくる。少し愛しくなった。人間もこのぐらい素直だったらなぁ 。しゃがんで その貓の頭を撫でようとしたら、黑貓はさっと身を引き、目の前の木戶の僅かな隙間に逃げ迂んでしまった。
ちっ、どうせ貓にさえも嫌われるんだ。
そう思って立ち上がろうとしたら、目の前に奇妙な看板が飛び迂んできた。戶板(といた)に筆で毆り書いたような文字で「ふしぎ工房」と書かれてある。何だか とても氣になった。その文字を見つめていると、心が落ち著くと言うか、穩やかな氣持ちになってくる。
こんな氣分になるなんて もしかして初めてのことか?
その看板に目を奪われていると 今度は黑貓が激しく鳴いた。何か この世にとてつもなく 未練を殘すような思いにとらわれて、思わずその引き戶に手をかけた。氣付くと 僕はその引き戶の內側にいて、そこで はっと 我にかえた。
ここは?
中はがらんどう の倉庫(そうこ)のようだった。薄らくて、どこか異世界に迷い迂んでしまったかのような錯覺(さっかく)に落ちっていると 不意に人の聲がした。
老人:ご注文は?
老人のような聲だった。僕が緊張してその場に立ちすくんでいる と、又その聲は言った。
老人:何か注文をしに來たのではないのかね?
目を凝(こ)らすと、部屋の中央に大機があって、その向こうに座っている老人の姿が見えた。
僕:すっ、すみません。僕は……
人の家に勝手に上がり迂んだと言うか、何か自分がいけないことをしてしまったかのような氣がして、思わず頭を下げて謝った。何かを注文しに來たわけじゃない、ただ 氣付いたら ここにいただけだ。
僕:失禮しました。
そう言って、早々に立ち去ろうとした僕の背中に、思わぬ言葉があびせかけられた。
老人:死にたいのかね?
動けなかった。圖星をさされて、僕は蛇に睨まれた蛙のように 萎縮(いしゅく)して固まった。
僕:なっ、なぜ?
恐る恐る 振り向いた僕の視界に、老人の手招きが見えた。僕は誘われるように ふらふらと老人に近づき 進められるままに、大機の前のパーピースに腰を降ろした。すると 項(うな)垂(だ)れたまま ものも言わない僕の目の前に、紙と鉛筆が差し出された。紙に書かれた「注文書」と言う文字が目に映った。
老人:さ、これ……
目を上げると、そこに優しく微笑んだ老人の顏があった。
僕:ここに?
老人:そう、貴方の願いを書きなさい。
僕:ぼ、僕の願い?
老人:その通りです。
僕:ここは何を賣っているお店なんですか?
老人:ここでは 幸せを賣っております。
僕の淚腺(るいせん)は一氣にゆるみ、堰を切ったように淚が溢れ出した。僕は初めて自分の理解者に出會ったような氣がして、感動すら覺えた。
そうなんだ 僕の幸せとは死ぬこと。それが今の僕の願いなんだ。
でも 一つだけ問題が殘っていた。それは 僕が弱蟲で意氣地(いくじ) 無しだから、一人じゃ死ねないって言うことだった。もう一度目を上げると、老人は全てを分かっているかのような面持ちで 僕を優しく見つめていた。僕は震える手で「いっしょに死んでくれる人を紹介してください。」と書き、自分の住所と名前を添(そ)えた。
老人:承知しました。
老人は一層穩やかな聲で言うと、注文書の控(ひか)えと白い封筒(ふうとう)を差し出した。封筒には「請求書」と書かれていた。
僕:請求書?
そうか、世の中何かに付けお金が必要だもんな。今回は人を紹介してもらうわけだし……
そう思いながら、請求書の封を切ろうとすると、老人の手がそれを制した。
老人:お代は後払いの成功報酬となっております。後程 ゆっくりと お確かめください。
僕:はい。
成功報酬と言う言葉に何だか奇妙な違和感覺えたが。僕は封を切ろうとした手を止め、それを注文書の控えと一緒に上著の內ポケットにしまいこんだ。よくよく考えれば 成功の曉(あかつき)には 僕はこの世から消えてなくなる。すると 代金を支払いなくなる譯だが……
老人:さっ、どうぞ。
ぼんやりと考えている僕促(うなが)すように 老人は出口の引き戶差し召した。
僕:でも、まだ紹介が……
老人:ご心配には及びません。その方はもう外で貴方をお待ちしております。

06-出會い
ふしぎ工房を出ると、その人物は一目で分かった。目の前の電柱(でんちゅう)に背中から憑(もた)れかかって俯(うつむ)いている。見るからに、世の中から消えてしまいそうなタイプだ、僕と同じ匈いがする。手には注文書の控(ひか)えらしき紙を握っていた。
あぁ、彼もまだ……
僕はすぐさま親近感を覺えた。背格好(せかっこう)からして僕と同じくらいの年齡だ。すると、彼もこちらに氣付き、輕くえしゃく を送ってよこした。
少年:君だね?
彼はそう言って、ゆっくりと近づいてきた。
僕:ん。
僕もそれに答えるように 彼に步み寄った。近づいて見ると、前髮を長く伸ばして 僕よりは少し線の細い印象受ける顏立ちをしていた。その外は 普通の男性と變わらない。まだ會ったばかりと言うのに、もう 十分お互いのことが分かる氣がする。言葉は要らない、交(か)わす必要もない。そう思える。初めて理解しあえる友達を見つけたような氣分になった。僕たちはそのまま並んで步き始めた。暫くして 彼がぼつりと言った。
少年:場所を 決まっている?
僕:ん。
僕は例のビルに著いて事細(ことこま)かに說明した。彼は相槌を打ち ながら「それはいい所をみつけたね?」とはにかむ ように笑っていた後、確認するように尋ねてきた。
少年:遺書は書いた?
僕:ん、書いた。
少年:そうだね。事故だと思われたら 搜查課とか余計な面倒を人にかけることになるものね。ピーシーとか人に見られたくないデーターは消した?
僕:あっ、それはしてない。
少年:そう、僕ね、死んだ後まで人に感傷(かんしょう)されたくないんだ。攜帶メールや同錄カードも全部消したし。
彼の言葉を聞いて、用意周到(よういしゅうとう)だなと思った。僕はそこまでは考えていなかった自分を恥じて 俯いた。その樣子を見て 彼は少しだけ慌てた。
少年:あっ、氣にしないで、あくまで僕の場合だから。それよりも、最後に君と出會って本當に嬉しいんだ。僕にだって一人で死ぬ勇氣なんてないから。でも、君が一緒だから ちっとも 恐くなんかないよ。本當にありがとう。
僕:そんな……僕の方こそ感謝しているよ。君と一緒に死ねるなんて すごく幸せだよ。
僕たちはお互いに顏を見合わせて、顏を綻(ほころ)ばせた。僕は嬉しくなって、ふと 思いついたことを口にした。
僕:でも、僕たち 今日じゃなくて もっと前に出會ってったら 人生變わったのかな?
一瞬、沈默(ちんもく)した空氣が流れ、僕は馬鹿なことを言ってしまったと後悔した。今更そんなことを言っても仕樣がないのに。しかし、その沈默からも 彼が救ってくれた。
少年:前に出會うってことは絕對ないよ。今この瞬間に出會ったことは 運命なんだ。僕たちはやっとここに辿り著いてる、理解者を得ることができたんだ。人と付き合う時間とか 期間は問題じゃない、どんなに短くても……
二人:僕たち友達になれたんもんね。
僕は彼の言葉をそっくり受けていた。二人同時に發した言葉が奇麗に重なってハーモニー呼んだ。それがあまりに可笑しかったから、僕たちは聲を立てて笑った。
本當に幸せだ。
しみじみそう思った。彼も同じ思いだと見えて、僕たちはお互いの顏を見つめて またフフと笑った。

07-星空
そうしているうちに、ビルの前に著いた。
少年:ここだね?
僕:ここだよ。
僕たちに悲壯感はなかった。エレベーターに乘り 最上階でおりて 屋上の出口へと向かった。外へ出ると 空は滿面の星に覆われていた。僕たちは暫くの間 腰を降ろして 星を見つめていた。
僕:奇麗だね?
少年:本當だ。
自然と淚が頰を伝わった。彼も泣いていた。悲しかったからじゃない、最後にこんなに美しい星空(ほしぞら)をみることができたことに 感動(かんどう)していたから。ふっと 風が吹き 彼の前髮を押し上げた。彼は慌てて手で顏を負ったが、僕は見てしまった。そして見てしまったことを後悔(こうかい)した。彼は苦しそうに呟(つぶや)いた。
少年:氣味惡いだろう?
彼の左目は義眼(ぎがん)だった。それを隱すために、前髮を延ばしていたのだ。彼が言うには、幼い頃に兩親の不注意(ふちゅうい)で左目をつぶし、以來義眼なのだという。僕の目から、自然と淚が零れた。身體的に普通と違うということが、彼のこれまでの苦難と屈(くつ)を物語(ものがた)っていた。それが どれほど苛めの對像となったことか?どれほど 辛く悲しい目にあってきたことか?言わずとも十分伝わってくる。
少年:どうしたの?なぜ泣くの?僕に同情してるわけ?
僕:ごめん、そういうわけじゃないんだ。
本當は彼に同情している自分を隱したくて、僕はむりに照れ笑いをかけた。
僕:死ぬ前に少しでも君のことが分かって、嬉しかったんだ。
うそだった。でも罪な噓じゃない、神樣も許してくれるだろう?
僕:君の兩親も苦勞されたんだよね?
少年:そんなことないよ。
話が兩親に及ぶと、彼はがぜん表情を變えた。
少年:あいつらのせいで、僕はこんな姿になったんだ。だから苦勞したとしても當然の報(むく)いだ。僕が死にたいと思ったきっかけを作ったのは あいつらなんだから。
彼は怒りにうちくれっているようすだった。僕はしまったと思ったが、また口を滑(すべ)らせた。
僕:でも 君が死ぬと 兩親はきっと悲しむよね?
少年:悲しめばいいんだ。當然の報(むく)いだよ。
それきり、僕たちは默った。暫くして 彼がぽつりと言った。
少年:君の兩親は?
僕:ん、健在(けんざい)だよ。
少年:そう、どうして死ぬと思ったの?
僕:もう 疲れちゃったから。
彼は一呼吸をおくと立ち上がった。
少年:行こうか?
僕も導(みちび)かれるように立ち上がる。
少年:もう 思い殘すことはないよね?
彼の言葉に僕もゆっくりと頷(うなず)き笑顏を作って見せた。

08-決行
僕たちは手を取り合い、幸せの待つ未知(みち)世界へと足を進めた。それに伴(ともな)い視界が徐々(じょじょ)に開いてくる。終には緣(ふち)に辿り著き、その視界は180度に廣がった。目線を下に落とすと 下界はまるで奈落の底のようで、大きな口をぱっくりと開けているかのように見えた。不意に兩親の顏が拜(おが)んだ。すると突然足が震え出した。がくがくとして 震えが止まらない。兩親の僕を心配する顏が、淚に濡れている。僕はそれを打ち消すように 顏左右(さゆう)に振った。
可笑しい。なぜ僕は震えている?
何度かここに來てリハーサル をした。その時には下を覗いても震えたりはしなかった。それでも 一人で死ぬには勇氣がいると 仲間をつもり、今は彼が側にいる。
死ぬことなんてもう恐くはないはずだ。それとも 本當の僕は死ぬことを望んでいない?いや、そんなはずはない。あっ、でも どうしても 震えが止まらない。もう 一步たりとも前に進めない。
彼は僕の異變に氣付いて 怪訝(けげん)そうな顏した。
少年:どうしたの?さ、早く行こうよ。
僕:まっ、待って!
彼が僕の手を引いた瞬間 思わずその手を振り払った。と同時に、彼の體がふわっとちゅうにうかんで見えた。
僕:あっ!
そう聲をあげた僕を、彼は悲しそうな目で見つめていた。口元(くちもと)が微(かす)かに動いて「なぜ」と言っていた。そして、彼の姿が視界から消えた。
暫くして グシャっと言うトマトが潰れるような音が聞こえた。
僕:あっ!あっ!
恐々と下を覗く下界の底に不自然に體を曲(ま)げた彼の姿が見える。その體の下から 赤い液體(えきたい)が染(し)み出し、徐々に廣がってワットなっていく。
僕:あっ!あぁ------
下界が俄(にわか)に騷然(そうぜん)となる。人が飛び出して來て、大聲で何かを叫んでいる。遠くにサイレンの音が聞こえる。
僕:あぁ------------

09-兩親
ビルを飛び出し、無我夢中で走った。サイレンの音が追ってくる、現所とは思えない、確實に僕を追ってくる、殺人者であるこの僕を。氣づいたら 家の前にいた。玄關に飛び迂むと、父親が立っていた。そのまま 父親の胸に飛び迂んだ。肩を超しに、泣き崩(くず)れている母親の姿が見える。嚴格(げんかく)な父に當然毆り飛ばされるだろうと予想していたら、強い力で抱しめられた。
父:よく戾った。
父はそれだけ言って、いっそう力強い手で僕を抱きしめた。父の目から、淚が零れるのは見えた。母が僕の背に覆い被せるように抱き著き「いいのよ……いいのよ……」と言って、鳴咽(おえつ)をもらした。僕は號泣した。
僕:父さん……母さん…… 僕…… 僕……
父:分かっている、なにも言うな。
優しい父の聲だった。あんなに嚴しく 僕を叱(しか)ってばかりの父から、初めて聞く優しい聲だった。母が泣いている。聲を上げて泣いている。僕の背中にしがみつく ようにして泣いている。僕はさらに號泣した。
僕:僕は……僕は…取り返すのつかないこと……うん……
父の暖かく力強い聲が 頭超しに聞こえた。
父:心配するな!おまえのこと 父さんたちが必ず守る!
僕:父さん……母さん……
三人で號泣した。親子揃って初めて泣いた氣がする。すると 急にあたりが暗くなって 父と母の姿が見えなくなった。僕はまた一人ぽっちになった。
僕:父さん?母さん?どこに行ったの?僕を置いて行かないで!僕を一人にしないで!!!

10-死ぬな
はっと我に掃ると、頭の上に星空が廣がっていた。步き出す彼の背が見えた。僕はとっさに叫んだ。
僕:だめだ!
彼は振り向きざまに怪訝そうな顏していた。
少年:どうしたの?死ぬのは恐くなったの?
僕:いいから、やめようよ。
少年:恐くなったんだね?それでもいいよ。僕は一人で死ぬから。
彼は驅け出した。僕はその背に向かって飛びついた。二人して轉(ころ)がって、氣づいたら 下界(げかい)が見渡(みわた)せるほどの位置(いち)にいた。僕はこっくりと生唾(なまつば)を飲み迂んだ。前に見た光景ではあのそこに彼が不自然なかっこうで橫たわっていた。僕は彼の腕を力一杯摑むと ずるずると 本いた位置のちかくにまでひっぱっていた。
少年:放せ!なぜ邪魔をする?
彼はもがきながら 叫んだ。僕は答えなかった。
少年:どうせ君も僕を冷(ひ)やかす ために來たんだろう?死ぬ氣もないくせに、僕を笑うためだけに、仲間を裝(よそお)ってきたんだろう?止めるなんてよく言えたな!君もほかのやつらと同じ上からものを言うだけの偽善者だ。
彼の言葉の終わり際(ぎわ)、その顏面(がんめん)に、思い切り拳(こぶし)を叩き迂んだ。淚が溢れてきて止まらない。何って言っていいか分からない。「死ぬな……死ぬな……」と喚(わめ)きながら 何度も彼に拳を振るった。
僕:みんなのために……君に生きてほしいと願う人のために……そして……僕のために生きてくれ!
僕は毆(なぐ)るのを止め、彼に覆い被(かぶ)せるようにして號泣(ごうきゅう)した。彼も泣いていた。僕たちはそのまま陽があけるまで 泣き續けた。

11-現實?
どのくらい時間が經ったのか?氣付くと 彼の兩親が警察の人たちとやってきた。兩親は彼を強く抱きしめ、「よかった……よかった……」と言いながら泣いていた。彼も泣いていた。僕はその光景を見つめながら 父さんと母さんのことを考えていた。僕が兩親に命をもらったのはこれで二度目だ。一度目はこの世に生まれた時、二度目は今回の自殺未遂。
不思議な氣分だった。一體何が夢で、何が現實なのか?誤って彼を突き落としてしまったことが夢なのか?兩親に出會ったことが夢なのか?いや、實は兩方とも夢だと言うことは分かっている。なぜなら、彼は現實に生きているし、僕の兩親は二年前になくなっている。彼に健在だと言った言葉は噓だった。
父は友人の裏切りで取り立て屋に追い迂まれ、自殺。母は後追うように病氣で他界(たかい)した。父は遺書(いしょ)に ただ一ごと「許してくれ」と書き殘した。母は病院のベッドの上で、僕の手を握り締め、許してと言ってこの世を去った。二人がなぜ〔許して〕と言ったのか この時の僕にはよく理解できていなかった。
僕は我が身の不幸を咒った。ずっと苛めで苦しみ、唯一(ゆいつ)の理解者であるはずの兩親まで失った。その原因をつきつめると、すべては 他人という加害者に、そして それを容認(ようにん)した社會に辿り著く。僕の家族を破滅(はめつ)さした世間(せけん)に、僕は絕望した。
なぜ僕が?僕たちだけが こんな目に合わなければならないのかと……
何とか社會に復讐(ふくしゅう)することはできないものかとも考えた。だが、あまりにも僕の頭は回轉(かいてん)が鈍(にぶ)く、いいアイデアが思いつかないばかりが。行く先々で自分の非力(ひりき)さを思い知らされるのが關の山 だった。學費(がくひ)が払えずに大學を中退してからはフリーターでその日を暮らすことが精一杯だった。
もう死ぬしかない。死んで兩親のもとへ行こう。
それが僕の最後に出した結論(けつろん)だった。その僕が兩親に命を救われた。今なら分かる、あの「許して」の意味が。親としては 生きていくための力の弱い息子が不憫(ふびん)でならなかった。その息子を殘して先に逝くことが、さぞかし 心殘りでならなかったのだろう?息子を守り切れないで逝く我が身を さぞかし蔑(さげす)んだことだろう?そして、やっぱり その息子は肉親を失って 殘されたものの悲しみと屈に耐えられず 自ら死を選ぼうとした。
だけど……父さん!母さん!もう安心してください。僕はもう決して死のうとは思いません。父さんの言った「おまえのことは父さんたちが必ず守る。」という言葉、確かに受け取りました。僕を助けるためにやってきてくれたんだね?本當に有り難う。父さん母さんに救ってもらった命だから。
そう、だからあの時 僕は彼の命を救いたいと心底思ったんです。彼と彼の兩親が抱きやがって泣いている姿を見て、僕にも一の役に立つ力があるんだと思いました。僕と同じように苦しむ人たちに伝えるべきことがあると氣づいたんです。
だから、僕は頑張って生きていきます。

12-epilogue
ふと不思議工房のことを思い出した。もしかして「あの夢はあの店にいた老人が見せてくれたものなのか?」とも考えた。そう言えば 請求書を受け取っている。今なら開封してもかまわないだろう?一體どんな請求なのか?ドキドキしながら 封筒の中身を取り出した。まず 目についたのは 「請求書」の文字、次に金額だった。「金12萬円なり」と書かれてある。
12萬円?人材紹介費用(ひよう)なら、こんなものなのか?いや、僕の場合は友達を紹介してもらったことになるのか?何だか 高いような安いような……それとも 僕の命の值段?だったら 安すぎる!
などと思いながら、その支払方法の記載を見て 僕は思わずにやりとしてしまった。「月々百円の千二百回払い」單純計算すれば 百年かかる。僕はこの債務(さいむ)を完成するまでは死ねないことになる。おまけに 振り迂み方法は郵便振り替えとしてしてある點に 心遣いが見えて ぷっと吹き出してしまった。銀行振り迂みでは315円以上をかかるから 手數料のほうが高くついてしまうが、郵便振り替えなら70円で濟む。振り迂み先には 慈善(じぜん)事業の團體名があった。そして 請求書の最後には こう書き記されていた ……
あなたは自分の得(え)た生きる勇氣を人に伝えなさい。その証として 上記金額をご請求申し上げます。-- ふしぎ工房
あれから 數年の歲月が流れた。僕は每月きちんと請求額以上の金額を支払っている。まっ、大した金額ではないが、ただ 振り替え手數料は払っていない。その必要はないからだ。なぜなら 僕はその慈善事業の團體職員として動いている。僕の仕事は精神的に惱み苦しむ人たちのカンセリング。もちろん 彼も共にここで動いている。僕たちは僕たちを必要としている場所を見つけた。
その後 僕たちは何度か ふしぎ工房を探してみたが、殘念ながら 二度とあの看板を見つけることはできなかった……


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